冷血            身留苦


犯罪者心理に興味を持っている私が注目した事件の一つは「佐賀・長崎保険金殺人事件」です。
先頃長崎地裁で被告の男女二人に死刑判決が出ました。
事件の概要は、妻とその愛人の二人が共謀し夫と二男を保険金目当てに殺害したというものです。
最初に素行の悪かったと言われる夫を妻としての女が殺害するのはまだなんとか理解できます。
しかし次に手をかけたのは、女にとっては実のわが子です。
この母子は不仲だったというわけではなく、家では談笑の声も響いていたといいます。
愛人にそそのかされようと脅されようと、よしんば殺されようと、
わが子だけはと必死に守ろうとする母としてあるべき姿はそこにはありません。
むしろ殺害時にも積極的に関わっているのです。
信じられない、鬼畜の所業といわれるのも道理です。


子殺し。

なぜ妻であり母であるY被告はこのような信じられない異常な事件を起こすに至ったのでしょうか。
彼女の心中を推し量ることしか出来ませんが、
母性喪失より以前に先天的な冷血というものがあるのではないかと頭に浮かんで仕方がないのです。
程度の大小があるにしても冷たい人というのは見回せばそこかしこにいます。
その対極にあるのが熱い人、ということになるのでしょうが、ここでは置いて話を進めます。

冷たい人は、いい面で現れれば「冷静」です。
長所としては、みんなが慌て騒ぐパニック場面で も動揺しない。物静かなたたずまい。落ち着き。余裕ありげ。など。
その度合いが強くなると「冷厳」です。人間的なものがあまり感じられないほどに身を律する人などがそう呼ばれます。
悪い面で現れれば「冷淡」です。他人を見下す。突き放す。無視する。など。
その度合いが強くなると「冷酷」です。むごたらしさが加わります。
そしてその度合いが極端に強いものが、先に言いました「冷血」。
内容はもう説明するまでもないでしょう。

Y被告の生育歴はわかりませんが、
特に取り沙汰されていないので傍目にはごく一般的なものだったのではないかと思われます。
人の心の奥底は知りようがなく、
後天的に何か知られざる事件があって冷血な人格が形づくられたという可能性も否定できませんが、
たとえどんなに人間不信になる出来事に見舞われたとしても、
お金や愛人と天秤にかけわが子を平然と殺せる異常な心理までにはなかなか至るものではなかろうと思うのです。

脳の器質の先天的な異常からなる冷血であればどうでしょうか。
生まれつき他人にも家族にも弱者にもありとあらゆるものに愛情も同情ももてず、
他人の身になって考えるということがまったくできない人間が存在するのかもしれません。
それがたまたま、夫の素行の悪さ、愛人の暴力、保険金による一攫千金の野望、
などによって露わになってしまっただけではないのでしょうか。
であればまた、心からの悔悟の情も湧きようがないはずです。

以上はあくまで仮定の話です。
しかしこれが事実なら、そういう人間がもしかしたら知り尽くしているはずの自分の親かもしれないし、
兄弟姉妹かもしれないし、妻であり夫であるかもしれないわけです。
「寝首をかかれる」という言葉がありますが、
あなたがこの世でもっとも心を許した優しい顔が、
いつなんどき鬼の面に豹変するともかぎらないのです。



「お母さんただいま!おなかすいちゃったあ!」

台所で静かに包丁を研いでいるお母さん。
その包丁は今夜、何を料理するためのものなのでしょうか・・・・・・・・・