夜逃げ    身留苦


私の知り合い、若しくは知り合いの知り合い、
という関係の範囲で言うと、
今年は3件の夜逃げがありました。
一家全員がある日忽然と消えてしまう、
家の中はもぬけの殻、
というあの夜逃げです。

いなくなったのは、商店の経営者や中小企業の経営者たちです。
あの、一時は羽振りがよくてぶいぶい言わせていた人たちが・・・
経営者として篤実な人柄で通っていた人たちが・・・
あろうことか債務を放擲し、周到な準備のもと、計画的に逐電する、
という卑怯な手段に打って出たことが、
周囲の人たちを驚かせます。
経営者が突然いなくなって残務整理に追われる企業の社員たちは、
たちまち給料未払いの債権者になり、民事訴訟の原告となってしまいます。

逃げた経営者たちが、よくよく切羽詰まって、
どうにもこうにも、にっちもさっちも行かなくなっての結論だったのはわかります。

従業員に給料を払いたくても払えない。
次の利益をあてにした自転車操業になっている。
支払いをしなければならないところには無理を言って待たせている。
つい金融から借り入れてしまったが、
返済できないままに利息だけが膨らんで・・・・・
返せる望みなどとうになくなっていることにふと気づく。

こうなると、
責任感が強すぎる人は、自殺や一家心中をしてしまいます。
自己破産すればいいということを知識として知ってはいても、
債権者たちに迷惑を掛けた心痛にいたたまれなくなってしまうのでしょう。

自殺によって下りる保険金をあてに、計画的に死ぬのは本当に律儀な人です。
1年半後を目途にばか高い掛け金を払い続けながら、
もう降りることの出来ない博打に乗ってしまったその心の裡は、
いかばかりでしょうか。

自己破産をするにしても、
債権を取り戻すまで自己破産絶対に許すまじ、
と思う債権者がほとんどであり、
どんな人道にもとる手段を使ってでも返済しろと迫る債権者がいれば尚のこと、
いや今はいなくても、
いずれ債権譲渡で酷薄な輩(や○ざ)が債権者に回ることは必至です。
そうなった場合、
法律違反(きりぎり)のヤバイ仕事に手を染めるか妻や娘を水商売に売り飛ばすかなどしない限り、
一生かかっても返済不可能な額の債務と認識すれば、
わが命を永らえ家族を守りたいと願う人間は、
自己破産してトンズラするのが一番賢いやり方だと考えつくのです。

という事も、テレビや雑誌などで一般に知れ渡って来ましたので、
それほど卑劣で無責任でない人であっても、
望みの断たれた会社や商店を捨てて、第二の人生を送ることが出来るわけです。
夜逃げサポート業なんかも繁盛しているようで、
引越し業者に混じった電話帳の広告にぎょっとされた方も多いでしょう。
しかし債務を放擲して逃げたからには、社会的信用はゼロとなり、
まずもとの経営者には戻れません。

自殺するくらいなら、私は夜逃げ大いに賛成です。
死んで保険金を得るのだけはやめて下さい。
人間命あっての物種です。
死んで花実が咲くものか。
生きていればどんなに苦しいようでも、愉しいことはきっとあります。
不景気だったのもあなたに経営の才覚がなかったのも同じこと、
なにもあなただけに責任があるわけではないのです。
経済とは、浮き草のような虚しいこの世の事象の1つに過ぎません。
あなたは、世襲で身分が決められ、本当の自由がないどこかの国家に、
うまい具合に生まれてこなくてすんだんじゃありませんか。
死ぬことではなく、生をまっとうすることで、
あなたを生み出してくれたものへの責任を果たして下さい。

人の噂も七十五日。
したたかに生きよう。したたか万歳。