第3話 8月の陽炎 坂崎ゆき
もう夏ですね。
この時期近くなると思い出すことがあります。
まだ結婚してまもなくの頃、バイトの遅番の時旦那を送り出した後なぜか二度寝してしまい、大急ぎで職場に向かっていました。

駅に着くとタッチの差でバスが行ってしまい、待ってるより歩いていった方が早く着くと目算し早足で歩いていました。
もうすぐ着くという時、曲がり角から不意に出てきた杖をついたおじいさんと肩がぶつかってしまい、一言

「すいません」

といって通り過ぎようとした瞬間

「あの人確か杖ついてたよね・・・まずい!転んでないかな?」

と心配になり振り返りました。
・・・・・・・誰も居ません。
一瞬タクシーでも捕まえたのかとも想いました・・・が、その日に限ってタクシーはおろか車は1台も通っておらず、道路の向こう側を含めて数人の通行人がいるだけ。
(この場所はR246近くの都内)
でも通行人の中にあのおじいさんは居ない・・・・・。
私がおじいさんとぶつかってから、振り返るまでかかった時間は僅か数秒足らず。
煙のように彼は消えてしまったんです。
辺りに響くのは風で木の葉がざわめく音とセミの声だけ・・・・・・・
「アレ・・・・・??あの人どこに行ったの?なんだったの?」
時間を確かめようと携帯電話を見ると時間は11時50分過ぎでしたが、ディスプレイの日付で何となく、この出来事が納得出来たような気がしました。
その日・・・・・・・・・は8月15日、終戦記念日でしたから。
忘れっぽい私が、時間や日付を覚えている数少ない出来事です。
 あの部屋はいったい何だったのでしょうか。